今日も蒸し暑く最悪な日

 

毎日毎日酵母パン作り。

 

ホシノ天然酵母を初めは

1kgホーロの容器に仕込みました。

当時は30℃の温度で仕込んだと

記憶しています。

 

2~3日で出来たような覚えが有ります。

毎日見て、味の変化を確かめるのですが

何回舐めてもあまり良く分からなかった

のです。

 

酵母が水分を吸って膨らんで、

それから、またへこんで、かさが少なくなり

上面が緩んで来て、泡が出てくるのです。

 

当時は、温度管理をする器械がなく

常温で置いていました。

ですから、寒いときには、やたらと

時間がかかったものです。

 

余りに遅いので、温めようと

窯の上に置き、さらさらの酵母となり

失敗なんて時も有りました。

 

当時酵母の性質をもっと勉強していれば

このような事にはならなかったのですが、

何も知らなかったので、悲惨でした。

 

とにかく上手く出来た時の酵母で、

パン作りを始めたのです。

中種で初めの発酵を見極めるのは、

難しいのです。

星野さんの教えでも、8時間もの

時間の差が有ったのです。『おどろき!

 

水分の量が多い種生地ですので

確認がとても難しいです。

どの程度の時に次の粉を足して捏ね上げ

次の発酵をさせるのか、何度も何度も

やってみました。

 

膨らみの良い外国産の小麦(カメリア)

を使っていたのですが

やはり、見極めが、悪いと作ったパンは、

膨らみません。

 

当時 食パン(山形食パンが主です。)

と三つ編みパンだけを、作っていました。

三つ編みパンも400gで作っていたので、

大きなパンでした。

 

この2種類を作っていた時期が結構永かった

です。

初めの鶴川の工房は、4.5坪の本当に狭い所

でしたのでどうにもこうにもならず。

 

少し広い場所をさがし、やっと野津田に

新しい工房を作りました。

プレバブで、前よりずっと広かったのでとても

気に入っていました。

 

窯とホイロも新しくしましたが当時はまだ。

ドウコンはなく、ホイロだけでした。

一軒家の庭の部分にプレバブの工房で、

一軒家の方に、事務所その他の場が作

れました。

 

ここでも初めは、ホシノ天然酵母と

イーストの両方のパンを作っていました。

 

サンドイッチを作るために、イーストで

食パンを焼いたり、学校に持っていく

小物のパンは、イーストで焼いたりしていました。

 

天然酵母で作るパンは、当時はとても珍しく

生活クラブ生協のあるグループの人たちが

気に入ってくれて、

班に配達をするようになりました。

その人達が、かなり広めてくれました。

 

横浜緑区の人たちでした。

有志を集めてグループでの試食会をして、

そのグループに配達をする方法です。

 

週に1回曜日を決めて配達が始まりました。

天然酵母パンは当時とても珍しく、

主婦の友社等から、取材の依頼がありました。

確か【コモ】という雑誌でした。

 

それに掲載されて、夏が非常に忙しかったのを

覚えています。

今の[通販です。]注文をもらい発送の日々

でした。

 

当時もまだ、外麦で、中種で作っていました。

種類は少し増えて、レーズンパンや、

バターロール、なども作り始めました。

 

そんな折、生活クラブ生協の人達から

【国内産小麦】で作って欲しいと言われたのです。

【国内産小麦】なんかじゃ パンは出来ないよ!

 

というのが私達の答えでした。

国内産小麦は、グルテンが少なく、

うどんには使っていましたが、

パンには、無理と言われていたのです。

 

さぁ~大変!! どうしたものか??

 

続きはまた明日。