私は、戦後生まれ、俗に言う団塊の世代

私の成長と日本のパンの移り変わりに

ついて、お話をします。

 

記憶の中では、

 

小学校に上がる迄は、四国の琴平の

祖父母のもとで暮らしていました。

 

そこでのパンの記憶は有りません。

 

東京に帰ってきて、自宅で父が、

餅焼き網をガスにかけて食パンを

のせて焼いてくれました。

 

でも ところどころ焦げていて

あまりうまく焼けてはいませんでした。

美味しかった記憶は有りません。

 

それから暫くして、小学校に上がるころ、

母が、トースターなる物を買い込んで

来たのです。

 

そのトースターは パンを2枚縦に

入れて、パンが焼きあがると、

自動的に、【ボン!】という

音と共に、焼きあがったパンが

とび出してくるのです。

 

もうこれだけで、びっくりしてしまい

感動ものでした!

 

その時の事は、

今でもはっきり覚えています。

食パンはとても上手に焼けて、

バターを付けると、

本当に美味しかったです。

 

其のころ、私の住んでいた、

 

西荻窪には、近くに2件の

パン屋さんが有りました。

 

朝も早くから開いていて、

朝食に買いに行けたのです。

今と違って、そのようなパン屋さん

以外では、パンは売っていませんでした。

 

勿論まだ、スーパーマーケットが日本に

無い時代です。

 

2件のパン屋さんのうち、遠い方の

パン屋さんの方が、美味しかったのです。

 

でも、近いパン屋さんでもよく買いました。

当時は、食パン以外には、【コッペパン】

が日常的に食べられていました。

 

今でいう、ドッグロールを大きくした

ような物です。

それに、ジャム、クリーム。

餡、チョコレートなどを塗って

貰うのです。

 

買うとその場ですぐに塗ってくれます。

注文は、「コッペにジャムつけて」

てな具合です。

 

コッペにジャム付けて15円でした。

 

チョコを付けると少し高くなり、

20円でした。

 

高いけど、このチョコを

付けてもらうのが何とも

嬉しかった記憶が有ります。

 

その他の菓子パン類は、

アンパン、クリームパン、ジャムパン

等が主です。

 

食パンにレーズン入りも有りました。

でもレーズン食パンは、高いので余り

買ってもらえませんでした。

 

たまに食パンを、食べていると、

レーズンが、一粒入っている時が

有ったのです。

 

何だか得した気になり、とても

嬉しかったのを覚えています。

 

『今思うと、捏ねる時にレーズンの

生地が残っていたのだなぁーと。』

 

当時食パンは、8枚切りが多かったです。

おかずを食べず、パンばかり食べるので、

一人が、半斤は食べていたように思います。

8枚切りを4枚です。

 

結構沢山ですよね。

 

今日はここまで、又明日をお楽しみに!